日本の文化と共に積み重ねられた漆の深い歴史。その歴史に時を刻むべく、新たな作品作りに日々挑戦している。
まる又漆器店
伊藤 猛
ITO Takeshi
悠久の漆の歴史に時を刻むべく、新たな物創りに挑んでいる毎日です。
なかなか面白くも大変です。『一期一会』は、亡き父の絶筆。
好きな人、好きな物との出会いを大切にしていきたい。
木曽平沢の職人総出で成し遂げた、夢中になれた大仕事。
1998年の長野冬季オリンピックメダルを企画・制作されました。その時のことを教えてください。
前回大会のアルベールビルではクリスタル製、リレハンメルでは石製と、その地に所縁のある素材がメダルに使われていると知ったとき、長野大会では「長野県を代表する工芸である漆と、精密加工技術を融合したメダルしかありえない!」とすぐさまワープロで企画書を作り、提案をしに行きました。当時セイコーエプソン社と、時計の研究開発をした経験があり、金属に漆を塗るノウハウはすでにあったので、完成イメージはできていたね。
採用が決まるまで、セイコーエプソン社やいろんな方にご協力をいただいたけれど、道のりはとても長かった。大会に向けたおよそ500個ほどのメダル制作は、木曽平沢の職人総出で成し遂げました。
金銀銅と漆の美しいコントラストや、漆が綺麗に仕上がるように表面が曲面となったデザインも、漆技法ならでは。夢中になれた大仕事だったね。
現在制作をしている、主な製品を教えてください。
日本の歴史ある漆工芸を、現代において残していきたいと “太陽と月” をテーマにした漆蒔絵(うるしまきえ)腕時計のブランド「NICHIGETSU」を設立しています。ほかにも、ゆくゆくはね、木曽の特産品となってほしい製品も仕掛けています。
例えば、お茶を保存する茶筒。和紙を貼り、柿渋と漆を重ねることで、質感や色合いに、味わいや奥深さを出しているのが特徴です。漆をまとったボールペンも好評だね。金剛杖(こんごうづえ)は、木曽街道を歩く時のお供にしてもらえたらいいね。お店の前が街道の関所みたいになったら面白いなあ(笑)今までに無いものを作りたい思いで制作しています。
漆は主役にも、他の素材の引き立て役にもなる。
漆の仕上がり時に気をつけていることはありますか?
漆は、木や和紙、麻布、金属などいろんな素材の上に塗ることになるけれど、毎回漆が主役になるわけではないんです。ベースとなる素材の良さを活かす、引き出す、引き立てあう役割に回ることもあるんです。
ひと目では漆とは分からないような仕上がりになることもあるね。いろんな見せ方がありますので、意図に合わせてどのように塗るべきかの判断が難しいところです。
手仕事の温かみを、感じてもらいたい。
漆の魅力はどういったものでしょうか?
漆は天然の塗料なので、自然に優しい素材です。持続可能性を目標とする現代社会では、価値を再認識していただけるかもしれません。また、日本の文化と共に積み重ねられた漆の深い歴史を、勉強してみるのも面白いですよ。
手作り品なので、同じものはひとつとありません。手仕事の温かみを感じていただきたいですね。